パレスチナ情勢が緊迫の度合いを増している。日本にも大きな影響が及ぶ恐れのある大事だが、日本の報道がやや場当たり的に見えるのが気になる。
今回、1,000人を超える自国民を殺されたイスラエルとしては、国民の怒りを鎮めるためにも激しい報復をしないわけにはいかないのだろう。しかし、もしそうなれば、長さ50キロ、幅5~8キロしかない、総面積にして東京23区の6割にも満たない狭い地域に220万人の人がひしめき合って暮らしているガザ地区に、世界屈指のイスラエル軍が一斉になだれ込むことになる。既に空爆によってパレスチナ側の犠牲者の数は4,500人に及ぼうとしているが、もし市街地で掃討作戦が実行されれば、人的被害は想像を絶するものになるだろう。
パレスチナはなぜこのような事態に陥ってしまったのか。
10月7日のハマスによる対イスラエル奇襲攻撃は民間人を多く巻き込み、200人の人質を取るなど、人道的にも国際法上も到底許される行為ではない。しかし、パレスチナの武装組織であるハマスがなぜそのような暴挙に出たのかを理解するためには、これまでパレスチナで何が起きてきたかを知ることが不可欠だ。
パレスチナを含む中東情勢全般に詳しい国際政治学者の高橋和夫氏は、パレスチナでは1948年のイスラエルの独立以来75年もの間、自分たちから土地を奪い、圧倒的な軍事力を背景に抑圧を強いてきたイスラエルに対する不満と怨念が積もりに積もっていたと指摘する。それはあたかも圧力鍋にこれでもかこれでもかと言わんばかりに圧力を加え続けるようなもので、それがいつかは爆発することは誰もがわかっていた。
日本ではあまり大きくは報道されてこなかったため、恐らくあの地でパレスチナ人たちがどれほどまでに辛く苦しい目にあってきたのかを知る日本人は多くはないかもしれないが、それを知らずに現在のパレスチナ情勢を正しく理解することは不可能だ。
イスラエルという国の起源は19世紀末にヨーロッパで民族主義が隆盛し、ユダヤ人が迫害を受けるようになったことに遡る。そして、1世紀にユダヤ帝国がローマ帝国によって滅ぼされ世界中に散らばったユダヤ人たちの間で、自分たち自身の国を持ちたいという機運が高まった。これをシオニズム運動と呼ぶ。彼らは建国するための地を見つけるためにアフリカや南米などを物色したが、最終的にはユダヤ人の発祥の地であるパレスチナを選び、その地域への入植を始めた。
ただ、新しい国を作ると言っても、そこには元々住んでいる人たちがいる。当然、先住民と入植者の間で摩擦が生じる。そのため、1914年の第一次世界大戦頃までは、ユダヤ人のパレスチナへの入植者は非常に少なく、民族間の摩擦も大きな民族紛争に発展する規模にはならなかった。
その後、第二次世界大戦下でナチスドイツからひどい迫害を受けたユダヤ人たちのパレスチナへの入植が進んだ結果、1947年、国連はパレスチナの地をパレスチナ人とイスラエルの間で分割する決議を採択してしまう。この背景にはホロコーストなどを経験し、ヨーロッパでひどい迫害を受けたユダヤ人に対する欧米諸国の同情と、彼らを助けられなかったことに対する罪悪感があったと高橋氏は言う。それが1948年のイスラエル建国につながっていった。
パレスチナ人から見れば、元々自分たちが住んでいる地に、欧米列強を後ろ盾にイスラエルという国が人為的に作られ、ユダヤ人たちが次々と入植してきた。そして、独立当初は自分たちの土地の数パーセントが奪われただけだったものが、イスラエルの国力が大きくなるにつれて欧米の後ろ盾に加え、イスラエル独自の軍事力も強くなり、それを背景とするパレスチナ人の土地の収奪が進んでいった。その結果、今やパレスチナの地の92%がイスラエルに占領されてしまった。土地を奪われ行き場を失ったパレスチナ人たちの多くは、難民として周辺国に流出し、パレスチナに残った約550万人のパレスチナ人は、ガザ地区とヨルダン川西岸地区の狭い土地に押し込まれ、政治的にも経済的にも苦しい立場を日々甘受させられてきた。しかも、その間、国際社会はあからさまな「力による国境の変更」を指を咥えて傍観していたのだ。
実はイスラエルが軍事力を背景に土地の収奪を続ける中、国連ではイスラエルを非難する決議が何度となく提案されてきた。しかし、そのたびに安保理常任理事国のアメリカが拒否権を発動し、イスラエル非難決議は毎回否決されてきた。アメリカには570万人のユダヤ人が住む。これはイスラエルのユダヤ人人口の630万人に匹敵する数だ。しかもアメリカでは、ユダヤ人はユダヤロビーを通じた強い政治への影響力を持ち、大統領も連邦議員もユダヤ人を敵に回したら選挙には勝てないと言われる。またアメリカのユダヤ人は法曹界、アカデミア、メディアなどでも枢要な地位を占める。日本ではあまり知られていないが、アメリカにはイスラエルを非難する目的でイスラエル企業やイスラエルと関係の深い企業の商品に対する不買運動を禁止する法律や政令を持つ州が50州中34もの州に存在する。自由人権協会などはこれが表現の自由を定めた憲法第一修正条項に違反すると主張しているが、憲法審査権を持つ最高裁は頑としてこの問題を取り上げようとしない。この法律はアメリカでビジネスを行っている日本企業もその対象となるため、日本にも少なからず影響が出ている。
こうした背景の中で、10月7日、パレスチナの圧力釜の圧力が頂点に達し爆発した。10月21日の時点でイスラエル側で少なくとも1,400人が、パレスチナ側では少なくとも4,137人が亡くなっている。もし、イスラエル軍のガザ掃討作戦が始まれば、犠牲者の数はこの何倍、何十倍にも達するだろう。
今回も国際社会はパレスチナの惨劇を黙って見過ごすのだろうか。ウクライナではロシアの「力による現状変更」をあれほど厳しく糾弾し、戦争の道義的な正当性を主張したアメリカを始めとする西側諸国は、なぜパレスチナでは皆口をつぐむのか。このダブルスタンダードはあまりにも醜悪ではないか。
そして問題は日本だ。第一次石油危機の時には70%台だった日本の原油の中東への依存度は、現在91.9%にまで上がっている。一体全体この50年間、日本は何をやっていたのだと言いたくもなるが、今はそんなことを言っている場合ではない。もしイスラエルとハマスの戦闘にハマスと関係が深くイランを後ろ盾とするレバノンの武装組織ヒズボラが参戦すれば、たちまち中東全体に戦火が広がる恐れも現実的なものとなっている。そうなれば、石油価格が跳ね上がるばかりか、下手をすると中東からの石油が届かなくなる恐れもある。いずれにしても日本の経済が壊滅的な打撃を受けることが必至だ。にもかかわらず、暢気な日本の政治指導者たちは解散総選挙のことで頭がいっぱいのようで、中東で戦火が拡大しないように日本が積極的に停戦に向けた努力に関与する姿勢などは微塵も見られない。
今回のハマスとイスラエルの戦闘の背景に何があるのか、イスラエルのパレスチナ入植を国際社会はなぜ止められなかったのか、パレスチナ問題の出口はどこにあるのか、日本はただ傍観しているだけでいいのかなどについて、国際政治学者の高橋和夫氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
からの記事と詳細 ( 日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければ ... - ビデオニュース・ドットコム )
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