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Friday, December 31, 2021

災厄越え次の一歩踏み出そう - 読売新聞

 ◆「平和の方法」と行動が問われる◆

 産業が成熟して金融資本主義の時代になり、経済活動の主軸がマネー取得の最大化にあるかのような行き過ぎから、さまざまな ゆが みが生じてきた。

 中国の軍事大国化によって国際秩序が動揺し、国の安全が脅かされる時代にもなった。

 経済社会の変調と軍事的脅威の高まりという二つの変動が、同時に進行しつつある。

 市場経済を健全な軌道に戻して活性化させ、平和で安定した国民生活を築くという二つの難題に立ち向かわなければならない。新しい発想と粘り強い努力が必要だ。その一歩を踏み出す年である。

 もちろん、新型コロナウイルスの感染抑止が当面の最優先課題であることに変わりはない。新しい変異株オミクロン株が広がりつつある。医療体制の充実に全力で取り組むことが急務だ。

 しかし、なすべき対策は、感染抑止だけではない。この冬を乗り切り、そのうえで、コロナ禍で傷んだ社会生活の修復に取り掛からなければならない。

 ◆給付から雇用へ転換を

 国民生活にとって大事なものの第一は、雇用である。働いて所得を稼ぎ、消費する。その需要に応える生産活動が活発化して経済が成長する。成長の果実はまた所得を向上させ、更に成長を促す。

 問題は、そうした成長と分配の循環に、近年、変調が生じていることだ。グローバル化の進展で、先進工業国の多くの企業が生産拠点を低賃金の途上国に移し、収益最大化を図るようになった。

 世界的な低金利政策によって金融活動は活発化し、デジタル社会化はIT企業などに空前の巨富をもたらした。サービス経済化によって働き方にも変化が生じ、多様な雇用形態が増えた。

 そこに襲いかかったのがコロナ禍だった。せっかくこの10年で約400万人も就業者が増えたのに、多くが低所得の非正規やパートの従業員で、外食産業などが失業や所得の激減に見舞われた。

 救済策として給付金の支給が必要とされたのは当然とはいえ、給付の繰り返しでは財政は破綻し、経済や社会生活の再生もない。

 救済のための一時金給付型支援から、新しい社会作りをめざした投資型へ、転換すべき段階にあることは明らかだろう。

 金融資本主義的な経済活動に伴って中間層の所得の伸びが縮小し、社会の不安定化を招いていることに、経済協力開発機構(OECD)も警鐘を鳴らしている。

 岸田首相の「新しい資本主義」の提唱は、こうした経済の現状に対する懸念の反映とみえる。

 生産活動を活性化させる投資の対象は、たくさんある。地球環境を守るための技術開発、災害防止など国土の保全、人作りの教育、医学・工学などの先端的研究。

 マネー優先の投機ではなく産業振興のための投資へ、短期的利益ではなく長期的視点に立った経済活動へ、日本が率先して転換に取り組み、国際協調体制作りを促していくべきだろう。

 国の財政は巨額の赤字だが、企業の内部留保など民間資金はたっぷり眠っている。これを企業、大学などの研究機関に対する投資に生かし、新しい技術開発を通じて雇用の創出につなげるべきだ。

 ◆カギはイノベーション

 カギはイノベーション(技術革新)にある。イノベーションはふつう「創造的破壊」と解されているが、提唱したシュンぺーターが強調したのは「新結合」である(「経済発展の理論」)。

 生産手段の新しい結合を通じて、新しい生産方法を創出すること。創造的な企業家たちの、そうした努力が新しい産業を生み、経済の発展をもたらす。

 町工場の優れた技術が小惑星探査機「はやぶさ2」を支えたのに続き、いま、宇宙に散乱するゴミを回収して、宇宙の安全を守り、ビジネスとしても成功させようという試みが進められている。

 日本の強みを生かす努力と、それを継承し発展させる人材を育成することが重要だ。

 ただ同時に、技術開発が世界の覇権争いの舞台になっている現実も、見落としてはならない。日本の技術や研究者らの中国への流出が、大きな問題になっている。

 しかも、流出だけではなく、それが中国の軍事技術の開発や軍事力の強化に使われ、日本の安全を脅かしているのではないか、という懸念が、指摘されている。

 通信技術がサイバー攻撃に悪用され、企業活動や社会生活の混乱を生む事態も相次いでいる。徳島県の町立病院など各地の病院で患者のカルテや画像データが盗まれ、身代金を要求されて大混乱となった事件が起きている。

 国家の仕業か犯罪集団の行動か判然としないが、経済活動と、国家や社会の安全を脅かす行為が複合し、「経済安全保障」の観点からの対策が急務となっている。

 国際変動の最大の要因が、中国の台頭にあることは明らかだ。世界第2の経済大国に成長した中国は、習近平政権の登場とともに、軍事大国化への行動を加速させている。

 南シナ海の人工島建設にとどまらず、東シナ海の尖閣諸島周辺での領海侵入など、軍事的圧力の強化を進めている。海軍力、空軍力、ミサイルの増強などで、米国のアジアでの前方展開戦力をしのぐ状況となった。

 ◆緊張高まるアジア情勢

 習近平国家主席はまた、「中華民族の偉大な復興」を掲げ、香港の民主派弾圧と強権による中国化を断行した。

 1997年の香港返還にあたり英国と交わした「50年間は一国二制度を維持する」という共同文書の、明らかな違反である。

 公海や他国領域への一方的な軍事的圧力は、国際秩序の安定を害する。許されるものではない。日米、豪州、インドが「自由で開かれたインド太平洋」に結束し、欧州各国が同調するのも当然だ。

 かつて中国海軍の高官が米軍当局者に、「ハワイを境に米中が太平洋を東西に分割管理する」と語りかけたことがあった。それが冗談ではなかったことを、中国の軍拡路線が示している。

 ◆最前線に立つ日本

 中国が西太平洋の空と海を制し、海上交通路を支配することになったら、日本も他の諸国も、存立の基盤が中国の影響を受けることになってしまう。

 日本は、インド洋からアジア・太平洋に至る国際的緊張の、最前線に立つ形となっている。

 中国も国内にいくつも難題を抱えている。また日本にとって、中国との友好関係を維持することは、日本と地域の安定のために不可欠だ。軍事的緊張への対処と、緊張を緩和する努力が、同時に求められる難しい時代である。

 何もしなければ平和が保たれるなどというのは、危険な幻想である。平和を守るには何が必要か、その「平和の方法」を具体的に考え、行動しなければならない。

 「戦争は、始めた側の人間が『勝てる』と思うから始めるのである」という、軍事史家が引用した言葉(「戦争の未来」所収)は傾聴に値する。相手に「勝てる」という思い違いをさせないことが、最大の防御策となるだろう。

 そのためには、まずは日本自身の防衛努力、そして日米同盟関係の強化によって、もし日本や台湾を含めた地域の安全を脅かす行動に出れば自国にとって重大な損失となることを、相手にしっかり認識させることが重要だ。

 周辺諸国をはじめ世界各地に仲間を増やす外交努力も欠かせない。国際秩序を守り、平和を守る日本の決意を広く国際社会に訴え、理解と信頼を確保するよう、対外的な発信力が求められる。

 外交では、「言うべきことを言う」のはもちろん大事だが、「言うべき時に」言わなければ、沈黙と同じことになってしまう。外交はタイミングと、それを判断するセンス(感覚)が必要だ。

 国際社会では、何よりも国力が大事だ。経済力が豊かで政治的に安定した大国の筋の通った主張であって初めて、影響力を持つ。

 ◆参院選が正念場だ

 国力のもととなる経済の立て直しと政治の安定こそ、岸田内閣が取り組むべき課題である。「新しい資本主義」への転換や「聞く力」を強調する姿勢には国民の共感が寄せられているが、真価が問われるのはこれからだ。

 何を、どう変えるのか、首相自身が率直に訴えなければ、慎重さは優柔不断に、経済政策は看板倒れと、評価が逆転しかねない。

 夏の参院選までは無難に、と考えているとしたら逆だ。衆院と違って参院は、与野党の議席差が少なく、32の1人区の動向次第で与野党伯仲や逆転が生じやすい。法案成立が困難になり、「決められない政治」の再現となる。

 それを防ぐため、新しい連立や政界再編という事態に発展するかもしれない。参院選は、日本政治の行方を左右する波乱の芽である。岸田政権にとって、これからの半年が正念場なのだ。

 目指す目標と具体策をはっきり掲げ、打って出ることによって、難局乗り切りの活路を開かなければならない。

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