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Monday, October 4, 2021

“中国依存”は大いなるリスク 日本の経営者が経済安全保障を重視しなければならない理由 - ITmedia

 岸田文雄内閣が10月4日に発足し、「経済安全保障」を担当する閣僚ポストが新設された。米中対立など国際秩序の変化への対応を目的としている。

 「日本企業は製造業や地方の中小企業であっても、自分たちの行動が経済安全保障に影響を与えるかもしれないと頭に入れておいた方がいい」

 そう警鐘をならすのは、経済ジャーナリストの井上久男氏だ。6月に上梓した『中国の「見えない侵略」! サイバースパイが日本を破壊する 経済安全保障で企業・国民を守れ』(ビジネス社)で、日本企業にはまだまだ浸透しきれていない経済安全保障の重要性を説いている。

 井上氏が日本企業の経営者に対し、特に注意しなければならないと訴えるのは、中国との関係だ。前編では井上氏に、米中対立の現状や、中国による非軍事領域での軍事活動について聞いた。後編では日本の経営者に求められる経済安全保障への対応を聞く。

井上久男(いのうえ・ひさお) 1964年生まれ。九州大学卒。NECを経て朝日新聞社に入社、名古屋、東京、大阪の経済部で自動車や電機などを担当。04年に退社してフリーの経済ジャーナリストに。文藝春秋や講談社などが発行する各種媒体で執筆する。05年大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程(ベンチャー論)修了、10年同大学院博士課程単位取得退学。福岡県豊前市の政策アドバイザーを務める。主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』『自動車会社が消える日』(以上、文春新書)がある

中国への過度な依存はリスク

 米中の対立は新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、一層激しさを増している。経済をめぐる対立に加え、香港や台湾、南シナ海をめぐる問題も深刻だ。だが、中国が手を伸ばしているのはそれだけではない。さまざまな国に「武器を使わない戦争」や、「見えない侵略」を仕掛け、問題が顕在化しているのだ。井上氏はその一例として中国による「債務の罠(わな)」を挙げる。

 「債務の罠は中国が発展途上国に対して仕掛けている手法です。分かりやすい例がスリランカです。中国はスリランカのインフラ建設のために、返済を前提とした経済援助をしていました。ところが、スリランカが返済できなくなったため、ハンバントタ港に17年から99年間の租借権がつけられました。スリランカはインド洋に浮かぶ島国で、中国にとっては地政学的に重要な国です。地理的な要衝になる国や資源国は、今後も債務の罠を仕掛けられていくのではないでしょうか」

 本書では、中国マネーによって政治家が買収され、港湾が奪われたオーストラリアの例が紹介されている。問題は、こうした国々が親中から反中に転じたときの中国の対応だ。

 「オーストラリアのモリソン首相が親中から反中に切り替えると、中国はそれまで大量に輸入していたオーストラリアのワインや牛肉などの輸入を止めました。経済的なツールを使って相手国の主要産業を痛めつけるエコノミック・ステイトクラフトの手法です。

 中国はこれまでも、民主化運動をしていた劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞すると、賞の授与主体であるノルウェーからのサーモンの輸入を禁止したほか、台湾との関係が悪化すると台湾からパイナップルの輸入も止めています。14億人もの人口を抱える市場力の魅力に駆られて主要産業が中国への輸出に過度に依存していると、政治的な関係が悪化した場合に打撃を受けることになります。

 これは人ごとではありません。日本もコロナ前は中国人観光客がかなり訪れていました。それ自体は悪いことではありませんが、依存しすぎると梯子(はしご)を外されたときに観光産業は大打撃を受けます。中国一国に依存するのでなく、米国、オーストラリア、インドなど、複数の国から観光客を呼び込むことが大事です。このように経済安全保障が身近な問題だと知ってもらうことも本書の目的の一つです」

中国はマネー外交で世界を席巻している(以下、写真提供:ゲッティイメージズ)

経営者が注意すべき海外からの投資

 井上氏は本書で、経済安全保障の視点から企業の経営者に警鐘を鳴らす。1989年にベルリンの壁が崩壊して以降、世界の市場が1つになって、いかにマーケットを効率的に取り込むかでグローバル企業の優劣が決まっていた。しかし、それから30年経(た)って状況は変わった。

 「米国と中国という大国が対立するようになって、世界の市場は1つという考え方が通じなくなりました。世界にマーケットを取りに行くこと自体は否定できませんが、企業はサプライチェーンの中で部品や素材などを特定の1国に依存するのではなく、うまくデカップリング(切り離す)することが必要です」

 さらにグローバルに展開している企業の場合、海外からの投資にも注意が必要だと井上氏は指摘する。

 「海外から投資の話が来た場合、その会社の業務内容や実態を調べた方がいいでしょう。製造業や地方の中小企業であっても、自分たちの技術や部品が投資をしてきた企業の国で防衛技術に使われる可能性もあるからです。

 『うちの会社の技術なんてそんなたいしたものではない』と思っていても、そういう技術が組み合わさって1つの装備品(武器)ができるかもしれません。自分たちの行動が経済安全保障に影響を与える可能性を、頭の片隅に入れておくべきです」

 日本政府も経済安全保障に関する政策を進めている。10月4日に発足した岸田新内閣では、「経済安全保障」を担当する閣僚ポストを新設した。さらに、来年の通常国会では経済安全保障の定義を定めたり、銀行法や電気通信事業法といった各業法でも対応を求めたりする「経済安全保障一括法」の提案を目指しているという。井上氏は、公安調査庁が経済安全保障対策に力を入れていることを本書で明らかにし、長官にインタビューもしている。

 「公安調査庁は大きく方針を変えました。これまでは破壊活動防止法や、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に基づいて、オウム真理教や国際テロの対応などに注力していました。それが、20年12月に長官が経団連で講演し、先端技術の流出リスクなどについて語るという変化が起きたのです。

 公安調査庁はヒューミントと呼ばれる人を媒介した諜報活動をしているので、海外の企業や投資会社についていろいろな人脈を通じて情報を持っています。自分が取引している会社が本当に安全なのかと心配になった場合は、公安調査庁に相談に行くべきだと思います」

自分たちの行動が経済安全保障に影響を与える可能性を考慮すべきだ

DXを経営戦略の中心に据えるべき理由

 経済安全保障を意識することと合わせて井上氏が企業に訴えているのは、DXを経営戦略の中心に置くことだ。本書では中国からのサイバー攻撃について詳細を報告している。サイバーセキュリティを怠ることのリスクについて、井上氏は次のように説明する。

 「米国の防衛産業向けの部品を日本の企業が共同開発している場合、セキュリティが甘いと取引停止になる可能性があります。通常、企業の業績が悪化する場合は、数年かけて徐々に財務が悪くなりますが、経済安全保障で問題があるといきなり取引が停止されて、企業が“突然死”するリスクがあるのです。

 そうならないためには、企業のシステムに脆弱性はないか、情報漏洩(ろうえい)はないかといったことについて、経営者が問題意識を持つことが必要です。日本企業の多くはシステムをITベンダーに丸投げしています。しかし、日本のITベンダーのレベルは高いとはいえません。

 また、商売では顧客情報も扱います。今の時代、データは資金繰りと同じくらい大事です。システムやデータの管理をITベンダーに丸投げするのではなく、自社でプロ人材を採用する。チーフデジタルオフィサーなどを置いて、DXを経営の中心に据える。こうした取り組みはサイバー攻撃からデータを守る観点でも重要だと思います」

 日本の大企業では、IT部門はどちらかというと軽視されているケースも少なくない。しかし、今こそ優秀な人材を確保してDXに取り組むべきだと井上氏は提言する。

 「DXの人材育成はすぐにはできず、中・長期的に取り組むことが必要です。その際に役員が年をとった人ばかりでは無理な部分もあるでしょう。今の若い人はデジタルに慣れている人も結構いますので、若い人の力を信じて入れ替えていく。デジタルが得意な若手を起用していくことが大事だと思います」

サイバーセキュリティを怠ることのリスクは計り知れない

経済安全保障で鍵を握る「個人情報」

 井上氏によると、企業が中国をはじめ世界の国々を相手に取引をする際に、日本では見過ごされている点があるという。それは個人情報の重要性に対する認識の甘さだ。

 海外ではセキュリティクリアランス(SC)、日本語で適格審査と呼ばれる制度がある。政府の重要情報を扱う場合にはSCの資格が必要で、海外の民間企業ではSCを持った社員が政府から重要情報を聞き出す役割を担っている。政府側もSCを持った民間人にしか対応しない。

 SCの制度は国家の機密情報を共有しあっている米国、カナダ、英国、オーストラリア、ニュージーランドのいわゆる「ファイブ・アイズ」の5カ国や、韓国にもある。日本は個人情報保護を縦にSC制度が導入できない状況にある。そのことがかえって、海外への個人情報流出を招いている可能性があるという。

 「あえて波紋を呼ぶようなことを指摘すると、日本は個人情報保護を掲げて守ることを意識しているわりに、漏洩などの問題が起きています。もっと言えば、スパイ防止法がない国なので、中国などからは“やられ放題”です。

 これからは日本でも、政府の重要情報を扱う人や企業で開発のトップ機密を扱う人は、SCの資格が必要ではないでしょうか。異性関係や金銭関係でつけ込まれる点があると、その人が政治家や官僚であってもスパイにならないとは言い切れません。また国際的な共同開発をする場合に、スパイではないことの証明ができなければ機密情報を出してもらえないことも今後想定されます。

 しかし、日本でSCの制度を入れるというと、プライバシーが暴かれるとか、個人情報が悪用されるとか言って強い反対の声があがることが予想されます。その背景には、政府が開示すべき情報を開示しなかったり、隠したりしていることで、国民が政府を信用していないことがあります。それでも世界の情勢が変化する中では、公文書の管理や開示のルールをしっかり作ることと、SCのような制度を導入することを、両輪で考えていくことが今後は必要ではないでしょうか」

海外ではセキュリティクリアランス(SC)、日本語で適格審査と呼ばれる制度がある

中国による「見えない侵略」

 安全保障は陸・海・空の装備力だけでなし得るものだと従来は考えられていた。しかし、中国による「見えない侵略」は米国や日本、世界各国で進んでいると考えるのが自然だ。政府も、企業も、個人も、経済安全保障の視点で備えることが急務だと井上氏は訴える。

 「中国の考え方は戦わずして勝つ、いわゆる孫子の兵法です。戦う前に相手国の軍事機密を全部握る。相手国の技術力を使って、自国の軍事力を向上する。2000年前の孫子の兵法が今に生きているわけです。もしかすると時すでに遅く、中国は日本から奪うものなどないと思っているかもしれません。それでもどう備えていくのかを、今こそ考えるべきです」

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