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Tuesday, September 5, 2023

スラヴォイ・ジジェク「ウクライナはいま、ウクライナ自身と戦わ ... - courrier.jp

スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク。ラカン派精神分析学を用いて大衆文化や国際情勢を鋭く論じることで知られる Photo: Pierre Crom / Getty Images

スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク。ラカン派精神分析学を用いて大衆文化や国際情勢を鋭く論じることで知られる Photo: Pierre Crom / Getty Images

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Text by Slavoj Žižek

ロシアとの戦争が終わったとき、ウクライナはどんな国になるだろう? それは「戦後」に考えるべきではない。汚職がはびこり、文化を潰す施策がまかり通っているウクライナは、戦中であるいまこそ「なりたい国」を見据えて動くべきだ──スロベニアの哲学者、スラヴォイ・ジジェクはそう主張する。


ウクライナの過ちが、ウクライナを傷つけている


ウクライナを支援する国々は、戦争が長引くにつれ、非常事態が恒常化し、物質的支援を際限なく要求されることに疲弊していくだろうか? ──ロシアのウクライナ侵攻を断固として非難してきた人たちは、そんな風に西側諸国の疲弊を懸念している。

危惧される疲弊の原因は単に、資金・資源援助の犠牲を払わなければならないことにあるわけではない。西側の疲弊は、極右と極左が罪深い「同盟」を結び、それによって広まったプロパガンダの帰結でもある。

プロパガンダは3つのレベルで機能している。1つ目は、抽象的平和主義。これは「世界には平和が必要なので、どんな犠牲を払ってでも人災を食い止めなければならない」という主張だ。2つ目は、戦争に対する「中立的」な見方。こちらは「NATOの東方拡大はロシアを挑発し、反撃を余儀なくさせた」という意見だ。

そして3つ目は、自国民の生活を守る必要性だ。「なぜウクライナに膨大な額の支援をしなければならないのか?」「ウクライナも、オリガルヒが牛耳る腐敗した国ではないか」「そもそも、自分たちの国だって根深い経済問題を抱えているのに」といった声がそれにあたる。

ウクライナをめぐるこの3つの立場にはパラドックスがある。「どんな代償を払ってでも平和を」という正義の主張は実際のところ、最低な民族主義的エゴイズム、そして他者の苦しみへの無理解を覆い隠していたに過ぎないのだ。

ウクライナは独立を守った。だが、外国への移住や誘拐、死によって人口の3分の1がすでに失われていることに、私たちは気づいているだろうか?

より深刻な懸念は、疲弊の兆しがこれまで以上に見えはじめているウクライナそのものにある。終わりの見えない激しい戦闘と空爆が続くなか、国民の多くが戦い続ける意思を持っているのは、すでに奇跡に近い。

だがウクライナは、戦争の重荷だけに疲弊しているわけではない。ウクライナ人自身が犯したイデオロギーと政治にまつわる深刻な過ちも、彼らの疲弊に拍車をかけている。
だから、ウクライナ人ができることも、すべきことも明確だ。戦争で疲弊した状態から抜け出すには、ウクライナに正義をもたらすしかない。それはすなわち、オリガルヒにもその他のエリート層にも特権を与えないということだ。

一般のウクライナ人は戦っている。そんななか、多くの富裕層が国外逃亡し、子弟の兵役免除の手はずを整えることほど、士気を下げるものがあるだろうか?

だが、ウクライナ自体にも変革の兆しが見えはじめている。

英紙「フィナンシャル・タイムズ」が報じたところによれば、「軍の徴兵責任者が横領容疑で逮捕され、国会議員もロシアの協力者として告発された。こうした事件を受け、ボロディミル・ゼレンスキーは7月25日の演説で、『汚職』と『裏切り』は許されないと政府高官と議員に警告した」という。

また同紙は、オデーサの軍司令官エフゲニー・ボリソフが、国家捜査局と検事総長に逮捕されたことも報じている。いわく、「ウクライナ国家汚職対策局によると、ボリソフは、手の込んだやり口で500万ドル以上を違法に得ていた」という。

汚職を撲滅する必要があるのは明らかだ。だが、重要なことは他にもある。戦争のなかで国が崩壊するのを防ぐためには、共通の敵に対して真に団結し、共闘する必要があるのだ。


文化を「殺す」ことには意味がない


新たな現象が起こりつつあることを示唆する、不吉な兆しが見えはじめている。

ウクライナの左派と非国家主義的なリベラル派の多くは、ロシアと戦う準備ができている。彼らは前線での戦いに志願し、いままさに前線で戦っている(そうした人たちのなかで私の作品を気に入っている男性のひとりが、戦闘の合間に読んでいるという私の作品のウクライナ語訳2冊の上に、マシンガンを乗せた写真を送ってくれた)。

こうした左派の人々は、攻撃的で保守的なナショナリズムと、それに裏打ちされた、役に立たないばかりか、かえって逆効果となる施策の数々に抵抗している。

それはたとえば、ロシア人作曲家の音楽作品の上演を全面的に禁止するといった方針だ。こうした方針に反対するウクライナの左派の人々は、「親ロシア派」疑惑をかけられがちだ。いまとなっては欧米右派の英雄になっているウラジーミル・プーチンが、いまだに社会主義者だとでもいうのだろうか。

2022年3月、(『マイダン』や『ドンバス』といった世界的に評価が高い映画を撮った)ウクライナのドキュメンタリー映画監督セルゲイ・ロズニツァは、ウクライナ映画アカデミーから追放された。彼がロシア映画のボイコットに反対したためだ。

彼は現在リトアニアに住んでおり、ウクライナには戻れない。徴兵年齢の上限である60歳に達していないため、帰国したらパスポートが没収されることを知ったという(ウクライナでは18~60歳の男性の出国が禁じられている)。

国際的に有名な他の芸術家は、自由に海外へ行ける。したがって、ロズニツァのケースは、保守的な文化官僚による「復讐」であることが明らかな事例だ。

私はこの戦略を、過去に自分に起こった出来事からよく知っている。スロベニアでも、民族主義的な右派は、共産主義体制に反対する世俗化的左派を「隠れ共産主義者」として常に糾弾していた。1970年代、私は一度も教壇に立てず、何年も失業していた。その間、私は「旧ソ連体制の支持者」として常に叩かれていた。

「戦後のウクライナ」を常に見据えろ


ウクライナは自国そのものと戦わなければならない。それは、オリガルヒや文化保守派に対してだけではない。

ウクライナでは多くの女性が軍に入隊し、前線で戦っている。そのなかには素晴らしいスナイパーとして知られる人もいる。だが英紙「ガーディアン」によれば、ウクライナ女性兵士の多くが、「同僚男性たちが女性兵士に偏見を持っていること、また、彼らによる女性兵士の扱いに対して、怒りをあらわしている。そして彼女たちの苦情は、無視されている」という。

残念なことだ。女性兵士たちはロシアだけでなく、同僚男性からの嫌がらせという2つの戦線で戦わなければならない。

この状況は一般化されるべきだ。ウクライナ自体が2つの戦線で戦っているのだ。ロシアの攻撃に対して、そして戦争が終わったときのウクライナを、どんな国にしたいかということに対して。

生き残ったウクライナはどうなるだろう。ポーランドやハンガリーのように、原理主義的な民族主義を掲げる国になるのか? グローバル資本主義の、実質的な植民地になるのか? それとも別の何かになるのか?

こうした問題は、戦争が終わって初めて解決されるべきだとするのは間違っている。そして「いまこそ民主的な議論ではなく、無条件で団結するときだ」という主張も間違っている。

戦争が終わったあとのウクライナの政治状況を決めるのは、戦時下の状況だ。フランス革命から、第二次世界大戦下のヨーロッパにおけるレジスタンス運動にいたるまで、あらゆる抵抗のための戦争において、そうだったではないか。

だからいまこそ、「誰も排除しない団結」のときなのだ。LGBT+からロシアの侵略に反対する左派の人々まで、すべての人に居場所がある幅広い人民戦線だけが、ウクライナを救うことができる。

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