「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
仕事がブルシット(クソ)になるとき
人的資本を一極集中するには、時間資源を無駄にする作業を徹底的に減らさなければならない。とはいえ、睡眠や運動のように、無駄なように見えてもじつは重要な時間がある。それを考えれば、一日に自由に使えるのはせいぜい6~8時間しかない。
生活をシンプル化するといわれて、誰もが真っ先に思い浮かべるのはミニマリズムだろう。最小限のモノしかない家で暮らし、よい食材を使って適量のご飯をつくり、テレビやインターネットから距離を置き、友人との人間関係も断捨離して、ほんとうにやりたいことのために時間を使う。
もちろんこれが理想だろうが、それができるひとは限られている。なによりも最大の障害は「会社の雑用」だ。
「次の打ち合わせはいつにしましょう?」という話になると、スケジュール帳を開いて顔をしかめるひとが(かなりたくさん)いる。毎日、分刻みで予定が入っているのだ。なぜそんなに忙しいかと訊くと、その大半は「会議」だという。
日本の会社は部門間の「すり合わせ」で仕事が進んでいくので、業務に占める会議の割合が異常に高く、プレゼンテーションのための準備や下打ち合わせを含めると、正規の勤務時間のほとんどが雑用でつぶれてしまう。自分の仕事は残業するか、休日に自宅で処理しなくてはならないひともたくさんいるだろう。これはまさに、非エッセンシャル思考そのものだ。
だが奇妙なことに、「会議ばかりで自由な時間がぜんぜんないんですよ」とぼやくサラリーマンは、どこかうれしそうでもある。これはある種の倒錯で、ぎっしりと予定が詰まったスケジュール帳が(自分はこんなに必要とされているという)安心感、あるいは(仕事をやっているという)充実感を与えてくれるからではないのか。とはいえ、いくら会社の会議に出ても、人的資本の形成にもネットワークづくりにもほとんど役に立たないだろう。
それに対してあなたのライバルが、すべての雑用から解放され、エッセンシャル思考で(自由な時間をすべて投入して)専門性を高める戦略をとったとしたらどうだろう。仮にあなたがライバルより1・5倍優秀だとしても(仕事においてはこれはものすごいちがいだ)、何年かたつうちに、相手の専門知識に太刀打ちできなくなってしまうのではないだろうか。
私が一貫してフリーエージェント戦略を勧めるのは、それが人的資本を一極集中するもっとも効果的な方法だからだ。IT系のベンチャー企業ならともかく、日本企業で「専門性を高めたいので雑用はやりません。会議にも出ません」などというわがままは許されないだろう。
こうした状況は、なにも日本だけではない。欧米では、コンテンツ制作のようなクリエイティブな作業はフリーエージェントや独立系のプロダクションが行ない、会社がその制作物をグローバルマーケットで流通させ、契約についての細々とした法律的な問題を処理するという役割分担がはっきりしている。バックオフィス(裏方)に専念するこうした仕事は、高給かもしれないがやりがいがなく、ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)と呼ばれている。
高度化した知識社会では、クリエイティブクラスとバックオフィスの分業がますます進んでいく。クリエイティブクラスは、人的資本を一極集中することで、それぞれの分野の最先端の知識や技術にキャッチアップできる。会社に所属して大半の時間を雑用に費やしているのでは、能力や適性以前に、投入すべき時間資源が圧倒的に足りない。このようにして、「日本もジョブ型雇用にして、社員全員が専門性を磨かなければならない」といわれながらも、なんの専門性もないサラリーマンばかりが会社にしがみつく悲惨な事態になっているのだ。
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