世界の文学の第一線で執筆した日本人2人目のノーベル文学賞作家の大江健三郎さんが3日、死去した。障害を抱えた長男、
23歳で芥川賞を受賞し、華々しく文壇に登場した。若き作家の人生を大きく変えた出来事は1963年、28歳のとき。頭部に異常を抱えた光さんの誕生だった。
「手術を生き延びうるかどうかわからない」。生後間もなく医者に言い渡された。悩んだ末に、「光に向けての希望」との思いを込めて「光」と名づけた。長男が誕生した年の夏、広島を訪れ、原爆の厳しい被害と核兵器廃絶を願う人々と向き合った。長男との共生、さらには多くの困難を抱えた人類の魂の救済が大江文学の主題となった。
大江さんに、人生で最も大きな喜びをもたらしたのも光さんだ。幼い光さんを肩車して、林の中に立っていたときのことだ。美しい声で鳥が鳴いた。
「クイナです」
鳥のテレビ番組やテープを日課のように聞いていた光さんが答えた。これを機に音楽の才能を見いだされた光さんは、曲を作るようになり、92年にCD「大江光の音楽」を出した。ノーベル文学賞を94年に受賞した際には、授賞式のあるスウェーデンのストックホルムに光さんを伴った。
映画評論家の蓮實重彦さん(86)は、「ただひたすら悲しいだけだ。大江さんの死は、日本だけでなく、世界文学にとっての損失。最近のノーベル賞受賞者とは全く質の異なる散文家で、このような作家はもう出てこないだろう」と語った。詩人の谷川俊太郎さん(91)は、「膨大な作品を書くという行為だけで社会や人とつながっている孤独な作家で、時代の雰囲気を作った人だった」と悼んだ。
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