「裏切り者は絞首刑に」
「死をもって償え」
アメリカ・アリゾナ州の選挙管理委員会に電話やメールで届いたメッセージだ。
2年前の大統領選挙で不正が行われたと、今も考えているトランプ支持者による“脅迫”が全米各地で続いている。
“選挙否定論者”とも呼ばれる、こうした人たちはなぜ、選管への攻撃を続けるのか。
そこでは2つの“正義”が衝突していた。
(ワシントン支局記者 辻浩平)
投票箱を監視する男たち
異様な光景だった。
数人の男性が車の中でカメラやスマホを構えている。
その先にあるのは期日前投票所。
郵便ポストのような投票箱にドライブスルーで人々が投票用紙を入れていく。
撮影しているのは、投票に訪れた人たちの行動。
大量の票を投じるなど、不正なことをする人がいないか監視しているのだ。
中には武装した人が監視するケースまで確認されている。
投票を監視すること自体はアメリカの法律では禁止されていない。
アリゾナ州の選管は20メートルほどの距離を保つよう呼びかけているだけだ。
監視していた男性は「見られていることで不正を抑止できる。疑わしい行動があれば、すぐに警察に通報する」と語った。
監視しているのはどんな人?
こうした活動をしているのは2020年の大統領選挙で不正が行われたとするトランプ前大統領の主張を信じる人たちだ。
“選挙否定論者”(Election Denier)とも呼ばれる。
“選挙否定論者”は決して一部の少数派ではない。
ことし9月にモンマス大学が行った世論調査では、共和党支持者の61%が選挙で不正が行われたと回答している。
私たちが取材した現場はアリゾナ州。
2年前の大統領選挙では“不正”を信じる大勢のトランプ支持者が開票所に押し寄せる抗議行動も起きた、選挙不正の言説のいわば「震源地」としても知られている。
投票の監視。
なぜそこまでしなければならないのか。
監視活動を行っている保守派の団体が取材に応じてくれた。
彼らの口から聞かれたのは“選挙の公正性”を守るためだという主張だ。
「国民が投じる1票は神聖なものだ。誰に投票した票であっても、きちんと数えてほしい」
「前回の選挙で不正が行われたから、自分たちができる範囲で不正を防ごうとしているだけだ」
投票監視は選挙が公正に行われることを担保するための活動だというのだ。
ただ、監視が行われている現場で投票した人に話を聞くと「気持ち悪いし、脅しにほかならない。アメリカの民主主義に反する行為です」といった声も聞かれた。
実際、こうした活動は「投票者への脅し」(Voter Intimidation)にあたるとの批判の声も根強い。
保守派の団体のメンバーに「脅し」と捉える人もいるが、と尋ねると。
「車から見ているだけでなぜ脅しになるんだ」
「やましいことをしていないなら、見られても問題ないはずだ」
「銃を突きつけて誰かに投票しろ、と言っているわけではない」
脅しにはまったくあたらないとの主張だった。
衝突する2つの“正義”
選挙に不正があったと信じる人たちは「“選挙の公正性”を取り戻さなければならない」と語る。
一方で、不正がなかったとする人は「“選挙の公正性”を守らなければならない」と口にする。
選挙は公平かつ公正に行われなければならないという点で両者は完全に一致している。
だが、その捉え方はまさに正反対だ。
投票の監視は「投票者への脅し」なのか、それとも「選挙の公正性を担保するもの」なのか。
それぞれの立場でまったく異なる解釈がなされている。 2つの“正義”が衝突しているのだ。
「裏切り者は絞首刑に」
選挙の不正を信じる人たちの行動はエスカレートしている。
選挙管理委員会に対する攻撃が続いているのだ。
「裏切り者は絞首刑に」
「あぶく銭のために選挙不正に加担しやがって」
アリゾナ州最大のマリコパ郡の選管には、聞くに堪えない言葉で口汚くののしるメッセージが留守電に残されていた。
さらに1000通を超える大量のメールも寄せられている。
「死をもって償えばいい」
「お前たちが反逆罪で処刑されるのを楽しみにしている」
司法省はこれまでに、選管関係者に対する脅迫行為など1000件以上を調査。
このうち11%が犯罪捜査の対象となり、すでに8人が訴追されている。
公共政策などを研究するニューヨーク大学のブレナン司法センターがことし選管関係者を対象に行った調査では、「ここ数年脅迫などが増えた」と回答した人が77%。さらに「脅迫などを理由に辞職した人を知っている」と回答したのは30%に上った。
マリコパ郡の選挙管理委員のビル・ゲイツさんは次のように話してくれた。
「2年前の大統領選挙まではこうした選管への攻撃は想像すらできなかった。でも今はほぼ毎日行われている。彼らはこうした攻撃によって、公正に選挙を行おうとする職員を選管から追い出そうとしているんだ」
「辞職は不正に関わったから」
選挙の実務を担う選挙管理委員会で働く人が辞めざるを得ない、深刻な状況。
保守派の人たちはどう捉えているのか。
アリゾナ州ヤバパイ郡の教会で行われた集会で話を聞いてみた。
ヤバパイ郡は特に保守色が強い地域でもある。
「選管関係者が不正に関わっていたと思うか」と尋ねると、集まっていた150人ほどの住民ほぼ全員が即座に手を上げる。
「何をいまさら当たり前のことを聞いているんだ」と言わんばかりの笑い声すら聞こえた。
続けて「脅迫などを理由に選管関係者が辞めざるを得なくなっている。それでいいと思うか」と質問すると、一斉に「YES!」という答えが返ってきた。
「彼らが辞めるのは脅迫によるものではない。不正に関わったことで、訴追されるのを恐れているからだ」
「彼らは市民の声を反映していない。彼らは公正な選挙だったと主張するが、私たちは『それは間違っている』と声を上げているんだ」
長年、選挙運営に関わってきた人たちが、その仕事を評価されないどころか疑いの目を向けられ、辞職していく。
選挙そのものへの根深い不信感が広がっていた。
「これ以上、何をすればいいのか」
一部の有権者の選挙への信頼が損なわれる中で、選管職員は重圧の中で仕事をしている。
オハイオ州キャロル郡の選管で働くニコル・ミックリーさんが話を聞かせてくれた。
この選管には“選挙否定論者”から50件近い情報公開請求が寄せられている。
2020年の大統領選挙で投じられた投票用紙をすべてスキャンして公開するよう求めるものだ。その数はおよそ1万8000枚にのぼる。選管は請求には回答しなければならない。
ミックリーさんが情報公開請求で寄せられたメールを見せてくれた。
50人近くから寄せられたメールの文面は書き出しの挨拶などを除けば、まったく同じ文章だった。いわゆる「コピペ」だ。
ミックリーさんによれば、“選挙否定論者”の間で各地の選管に情報公開請求を行うよう呼びかけが行われていて、文書のテンプレートが回っているとのことだった。
「どうすれば選挙は公正だと納得してもらえるのかわかりません。これ以上何をすればいいのでしょうか。
私がもっとも懸念しているのは、選挙で自分たちが支持する候補者が勝たなければ、選挙に不正があったと訴えるような社会になってしまうことです」
ニューヨーク・タイムズは、中間選挙に立候補している候補者の中にも“選挙否定論者”が200人以上もいると報じている。
選挙という民主主義の根幹が揺さぶられる中で、有権者はあす投票日を迎える。
からの記事と詳細 ( 選挙を“監視”するトランプ支持者 衝突する2つの“正義” - nhk.or.jp )
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