「現実世界を計算可能にする」をビジョンに掲げるPreferred Networks
岡野原大輔氏:Preferred Networksの岡野原です。よろしくお願いします。本日は「Learn or Die - どのように学習し変化し続けられるか」というテーマでお話しします。
まずは、簡単にPreferred Networksという会社について。よく略称でPFNと呼ばれますが、Preferred Networksは「現実世界を計算可能にする」というビジョンを掲げています。現実世界はそのままではコンピューターで扱って認識をしたり、その現実世界に作用するようなことはできない。今私たちは、AIとその他周辺の技術を活用して、現実世界を計算可能にすることを目指しています。
その中でも力を入れているのが、AIに加えてスーパーコンピューターの技術。弊社では今、MN-Coreなどのチップや、それを使ったスーパーコンピューターを作っていて、これまでにGreen500で3回世界一を達成しています。
もう1つがちょっとユニークなポジションとして、シミュレーションという分野です。今のAIは、機械学習が主流でデータがないと学習したり検証したりできないのですが、シミュレーションを使うことでデータ自身も自分たちで作ろうと、シミュレーションに力を入れています。
取り組み事例の紹介「Matlantis」「PFN 3D Scan」
最近の弊社の事例の中から、2つ紹介したいものを取り上げます。1つ目は「Matlantis」と呼ばれる汎用原子レベルシミュレーターです。これは、さまざまな原子を原子構造とともに入力すると、弊社のサービスがそのシミュレーションを行うというものです。例えばこの原子構造はどういった性質を持つのかを高速に調べたり、原子構造や有望な素材を探索したりできます。
特長として、汎用性では55元素に対応しており、今はこれを拡張しています。従来の計算、特にDFTや第一原理計算などと比べて、同じ精度ながら1万倍以上高速です。また、「Jupyter Notebook」などで研究者や利用者が簡単にすぐ使えます。
現在、SDGsや脱炭素などの流れもあり、多くの企業や研究団体が再生エネルギー向けの触媒や電池、潤滑油など、さまざまな開発を必要としています。Matlantisは、これまで30企業・団体が利用、55企業・団体が利用検討中です。これまでに、多くの化学企業や製造業、自動車会社などが利用しています。
2つ目はまったく違う例として、「PFN 3D Scan」を取り上げます。弊社がずっと社内で作っていた3Dスキャン技術を、一般のお客さまも使えるようにサービス化したものです。今までスキャンが難しかった透明な物体や野菜、光沢のある金属も、スキャンできます。
実際にホームページなどで見てほしいと思いますが、非常に高品質・高充実で、何よりも早くスキャンして、結果をすぐにCGなどのさまざまなアプリケーションで使えるモデルとして出力できます。
本日のアジェンダ
ここまで会社の紹介でしたが、今日は会社と関係しているけれど独立した話、「Learn or Die」を中心に話そうと思います。
最初に、なぜLearn or Dieなのか。そのまま訳すと、「学べ、もしくは、死か」という意味です。かなり強いことを言っていますが、なぜそうなのかという話をします。
次に学習、つまり学ぶことは重要とされながらも非常に難しいことに関して、私が知る限りの、例えば人工知能の研究分野や心理学、もしくは今の学習における環境などをもとに、何が難しいのか、どうすれば克服できるのかについてお話しします。
最後に、学習のベストプラクティスという話をします。ここではいくつか、すぐに行動に移せるような具体的な方法を紹介します。
PFNバリューの1つでもある「Learn or Die」
まずは、なぜLearn or Dieなのかについて説明します。Learn or Dieは、4つあるPFNの会社のバリューの1つとして設定しています。言葉の持つインパクトと覚えやすさから、うちの会社を代表するバリューになっていると思います。実際に、私と代表の西川(西川徹氏)が書いた『Learn or Die』という本のタイトルにもなっていて、うちの会社を特徴づけるものかなと思います。
これは、私たちは学習することをいとわない、学習し続けるということのほかに、テクノロジーカンパニーでありたいという意味です。世の中の課題を解決して、みなさんの生活を豊かにし、いろいろな課題を解決することが目標なので、それを解決するための技術・テクノロジーを非常に大事にしています。しかし、学び続けなければテクノロジーカンパニーでは居続けられないことも実感として入れてあります。
もう1つ、弊社には多くの専門家がいます。例えばAI、ディープラーニングの専門家、さまざまなコンピューターサイエンスの専門家、ロボットの専門家がいますが、専門家であっても新しいことを学び続ける姿勢が大事だと考えています。
最後に、Learn or Dieという言葉には含まれていませんが、実践していることです。私たちは、学び続けてよしとはせずに実行していく、実践していくことを非常に大事にしています。
人が生涯を通じて学び続けなければいけない理由
なぜ人は生涯を通じて学び続けなければならないのか。
1つは、環境が変化し続けるからです。技術分野1つ取っても、今から5年前、10年前、20年前と比べて、今必要とされている技術は変わり続けていて、今後、5年、10年経つと、今はまだ萌芽的な技術が重要になる可能性もあります。これは技術に限らず、例えばビジネス環境。10年、20年前にはSaaSのビジネスもサブスクリプションもありませんでした。社会環境も大きく変わっているし、変わらないように見える文化であっても、人々の価値観や考え方、何を大事と思うのかはどんどん変わっていきます。こうした変化し続ける環境に応じて学ぶ対象も変わりますし、未知の領域に突入していく必要があります。
次に、一般の方が勘違いしがちなこととして、専門家を何か1つのスペシャリティを研ぎ続けていくような人だと思っている。特にコンピューター業界だけではないと思いますが、非常に多くの新しいテクノロジーが出てきて、ある時点では最先端の専門の知識を持っていたとしても、知識やスキルはあっという間に時代遅れになってしまいます。さらに厳しいことを言うと、おそらく生涯のうち何回かは専門性を変える必要があるし、何かに専門性があっても追加し続けることができなければ、専門家として一生を終えることはできないだろうと考えています。
専門知識、ツール、語学、人との付き合い方……一生をかけてでも学び続けなければならないもの
今回は、学ばなければいけないというテーマですが、実際に何を学ぶのかについてお話しします。例えば、専門知識はわかりやすくて、プログラミングも生涯学び続ければ、新しい発見や新しいプログラミングのやり方が出てくるし、優秀なライブラリやツールも登場していると思います。また、それらを支えるようなさまざまな学問、例えば数学や生物学、物理学、先ほど出したMatlantisのサービスでは量子化学や量子力学などの知識なども必要になります。
一方で、いわゆるテック系だけではなく、私たちがそのテクノロジーを現実世界になんらかのかたちで提供していこうと思うと、ビジネス上、経営学、経済学などの知識が必要です。
また、今はほとんどのソフトウェアサービスや製品はチームで作るので、いかにマネジメントをうまくやれるかが特に重要で、こうした知識がテック系の人にも必要になります。心理学や歴史、文学は一見関係ないように見えますが、非常に重要に関係していて、これらの知識もないよりはあったほうがいろいろなことがうまくできると思います。
また、これらの専門知識とは別の観点で、ツールの使い方も重要だと思っています。人は違っても、時間は決まっているので、やれることはそんなに変わりません。アウトプット量や、しゃべったりプログラミングしたりも、速い遅いはあれど、たかだかちょっとした違いなわけです。
人間の生産性や能力を高めているのは、ツールの部分です。ツールをうまく使いこなすことで、その人が持っている能力を10倍や100倍に上げることができます。時間だけは変えられないリソースですが、同じ時間であってもより多くをアウトプットできるようになります。ツールもずっと学び続けなければいけない。あるツールの使い方を極めることだけでなく、新しく出てきたツールの使い方をどんどん貪欲に学んで自分の手足にすることが重要だと思います。
みなさんは語学、健康管理、お金、人との付き合い方の重要性をよくご存じだと思いますが、これらは一生をかけてでも学び続けなければならないものだと思います。こうしたカッチリした学問だけではなく、もっと価値があるのは、なんでこれが失敗したのかという他の人の失敗談。もしくは、自分がこれまでやってきたことを反省して、うまくいかなかったことや環境やチームが悪かったからダメだったと思った時に、自分が何か行動を変えることによって改善できたのか。また、他の人に対してうまく立ち振る舞っている人を見ることによって学びを得ることもできると思います。常に学ぶ姿勢がある人とない人では、できることが違ってくると思います。
学ぶことは最大の投資である
学ぶことは形にならないので、投資対象とするのが難しい。固定資産のようなものではありませんが、学ぶことは最大の投資、効果のある投資だと思います。
個人にも組織にも大きなベネフィットがあります。個人であれば、自分の仕事の幅や今やっている仕事の効率も上げられます。今できるとは思っていないようなこともできるようになるし、より多くの選択肢を持つことができます。組織や会社、チームであっても、生産力を上げて競争力につなげることができます。新しい事業をやってみよう、事業を拡大していこうという時にボトルネックになるのは、その組織に経験や知識がないことが多いと思います。
例えば、今までeコマースのビジネスをやったことがない会社がeコマースをやってみようとすると、eコマースをいろいろ学んで、落とし穴もたくさんあって、体系立たないようなところからうまくいくようなものを獲得していくことが必要になります。eコマースの障壁はもうかなり下がっていますが、また別の、今までまったくやったことがないような対人サービスを始めてみようとか、自社で新しい人たちに売ってみようという場合にも、まったく知識や経験がないのでできない。しかし、誰か1人でも、もしくは組織にそういう経験や知識があれば、それを選択肢として取ることによって事業を進めることができます。
知識集約型産業が中心になると言われてからたぶん50年以上、100年くらい経ちますが、その中では学ぶことが最大の投資になっていると思います。
ここからは私の持論です。ご存じのように、今後は多くのものが自動化されていきます。単純定型作業は自動化され、AIがさらに進むと、決まった目標に最適化していく多くのものはAIなどで解けるようになると思います。
一方で、AIの限界も充分にあって、人にしかできないことも山のようにあります。例えば、何の問題を解くか、どういう価値観を持つか、どの問題を諦めてどの問題を解くか、誰と協力するか。それらには、先ほど挙げたさまざまな学びによって獲得できる能力を使って解く問題が多く残されています。
おそらく、多くが自動化・効率化されていく中で、学ぶ効率はなかなか上がりません。脳に電極を挿してビビッと学習できるような方法が出てくれば別ですが、そうでなければ多くの時間は、人が仕事をするために必要な知識の学習にあてられて、意思決定が必要な一瞬の判断などに長時間学習した結果が使われるのではないかと思います。
重要になるのは社会人になってからの学び
もう1つ考えたいのは、学校以外で学ぶということです。今でも教育の多くは大学生や大学院生までだと思われがちですが、実際に重要なのは大学を出た後、社会人になってからの学びです。学校で学んでいる時は、もちろん問題もありますが、自分で学ぶ、イチから決めて学ぶというより圧倒的に準備された環境で学ぶことができていました。
非常に優れた人たちが長い時間をかけて作った教科書や、どういうふうに学べば効率的か考えられた教育課程。教師もたくさんいるし、いろいろな評価基準やテストがあって、そこで自分がどれだけうまく学んでいるのかを評価することができます。これらは舗装された道路を進むようなもので、「知のハイウェイ」とも言われますが、多くのことを非常に効率よく学ぶことができます。
一方で、先ほど挙げたように学校を出た後に、今私は心理学のこれを学ぶべきかとか、そういうことを考える場合は、自ら多くのことを決める必要があります。その際には、何を学ぶのか、どうやって学ぶのか、自分が正しく学べていて進捗しているのかを評価する必要があります。こうした部分にも優れた教育サービスが出てくることが期待できますが、多くの場合は自分で学び方を学んで、その学び方に従って学ぶことが必要になります。
(次回へつづく)
<続きは近日公開>
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