山本崇雄教諭プロフィール
1970年東京生まれ。1994年から、公立中学校で英語教師として教壇に立つ。2006年から、東京都立両国高校・付属中学校、2017年から都立武蔵高等学校・付属中学校で、「教えない授業」を実践。2019年に退職し、新渡戸文化小中高等学校、横浜創英中学校・高等学校で教鞭をとる。著書に「学校に頼らなければ学力は伸びる」(産業能率大学出版部)など。
■中学生が大人と議論
7月23日、海の日。山本教諭が勤める東京都中野区の新渡戸文化中学校で開かれた特別授業には「ハピネスブリッジ」という名前がついている。参加したのは、同校の中学1年から3年までの生徒約50人と、70人以上の大人たちだ。授業は、ZOOMを使ったオンラインで行われた。大人の大半は、山本教諭がFacebookなどで呼びかけて集まったボランティアだ。筆者もその一人として、授業に参加した。
「ハピネスブリッジ」の最大の特徴は、中学生が大人を相手にプレゼンテーションをすることだ。
授業が始まる30分前、山本教諭がオンライン画面に登場し、大人の参加者に段取りを説明した。授業では、生徒2人と大人2〜3人がZOOM内に設定される「小部屋(ブレークアウトルーム)」に入り、生徒が自分で選んだテーマについて5分間プレゼンする。その後、大人が感想を述べ、ディスカッションするという段取りだという。
山本教諭はさらに「生徒は失敗することもあると思うが、それも経験」「大人は一方的に教えたり、『こうしなさい』と言ったりするのではなく、中学生の問いを大切にして、同じ人間として対等な立場で議論してほしい」などと呼びかけた。
午前10時30分、授業が始まった。
筆者が参加した最初のグループの発表者は、中学3年の大澤結穂さんと、1年の伊藤奈子さんの2人。大人の参加者は3人で、筆者を含めて2名が外部のボランティア、一人は別の生徒の保護者だった。
大澤さんは緊張した様子もなく、笑顔で自己紹介を始めた。7月に始まったレジ袋の有料化を題材に、地球温暖化についてプレゼンした。写真や図表入りのスライドを使いながら、マイバックを作るうえでも資源が必要で、マイバックを50回以上つかわなければ、レジ袋よりも温暖化抑止につながらないと話した。スーパーの店員にレジ袋の利用状況をインタビューした内容も盛り込んだ。
伊藤さんは「マカロンと色」というテーマのプレゼン。母がマカロン嫌いなのをなんとか好きになってもらいたいという動機で、実際にいろいろ工夫をしてマカロンに色付けをして作ってみた。プレゼン資料が美しくデザインされていて感心する。
25分ずつ合計3回のセッションがあった。卓球の歴史を調べた発表や防衛政策に関する本格プレゼン、「空き家」の研究発表など、生徒のテーマは多種多様だった。みなプレゼンに慣れているようで、わかりやすいスライドが多用され、どれも興味深かった。参加していた大人たちも率直に感想を述べ、大人と生徒の双方から活発な質問や意見が出て、筆者も楽しんでいるうちに、あっという間に2時間近くが過ぎた。
■オンラインは「どこでもドア」
この特別授業は、新型コロナ感染が広がった今年4月から計5回計画され、筆者が参加したのは1学期の最終回だった。
山本教諭は25年間、公立校で英語を教えてきたが、昨年退職し、私立の新渡戸文化学園に移った。現場で教壇にたちつつ、統括校長補佐として、同校の教育をデザインする役割を担う。
まず取り組んだのが、学校の目標づくりだった。同校の初代校長だった新渡戸稲造の「この世に生まれた大きな目的は、人のために尽くすこと」という言葉から、「みんながハッピーになる未来の社会」という理念を掲げ、「幸せを創る人(ハピネスクリエーター)の育成」を教育目標にした。そのためには、教室に閉じこもるのではなく、外側の社会に目を向けてもらうおうと、さまざまな業界で活躍する大人たちに授業を行ってもらう取り組みを始めた。生徒が自分なりの関心や興味を見つけ、夢に向かってロールモデルを見つけるため、卒業までに「100人の大人につなぐ」計画をたてた。
そんな最中、コロナ感染による自粛要請で、休校という事態になった。同校はもともと、パソコンやタブレット端末などインターネットの情報通信技術を活用したICT教育を進めていたため、4月上旬から、オンライン授業をスタートさせることができた。山本教諭は、ネットを通じて中学生と大人をつなぐ授業を発案し、のちに生徒が「ハピネスブリッジ」と名付けた。
生徒は自分で学びたいことを見つけ、大人たちに、自ら探究した内容を発表する準備や実践の中で、多くのことを学ぶ。ふだんの学校生活以上の熱意や良い意味での緊張感を感じ、大人たちによるフィードバックも刺激となり、新たな視点ができる。課題解決型学習(Project Based Learning)の一環といえる。
忙しい社会人を一度に数十人確保して、休日、東京の都心にある学校に来てもらうのは難しいが、オンラインを使えば、大人も大きな負担がなく、自宅にいながら気軽に参加してもらえる。「これも、オンラインだから実現できたことなんです」と山本教諭は言う。
これまで延べ200人以上の大人が参加した。職業は会社員、医者、元Jリーガーなどさまざまで、ニュージーランドなど海外から参加した人もいたという。
山本教諭は「終わったあとの感想を聞くと、中学生たちの情熱に触れて、大人のほうの学びも大きいんですよ」と話す。こうした外部とつながる授業を、ドラえもんの「ひみつ道具」にちなんで、「どこでもドア授業」と呼んでいる。
「どこでもドア」でつながるのは、大人の世界だけではない。
筆者は6月中旬には、山本教諭の普段の英語の授業をオンラインで見学させてもらった。
中学生たちは、7月にZOOMを使ってのフィリピンの子供たちと対話することになっており、どのように英語で自己紹介をすれば伝わりやすいか、相手がニコッとするかをみんなで議論しながら準備をしていた。実際に海外に中学生を連れていくのは大変だが、オンラインを使えば、何千キロという距離を超え、あっという間に世界中の同世代の子どもたちとつながることができる。英語の語彙や文法を試験対策として詰め込むのではなく、生徒たちが、実際に同世代の外国人と話す機会を持つことで「コミュニケーションしたい」「意思疎通したい」という目的を持つ。目的意識を持つことが、学習意欲につながるのだという。
■「教えない授業」の原点
山本教諭は、「教えない授業」の実践者として知られている。自分が教壇に立って一方的に教えることはせず、生徒が教え合う形で授業を進める。生徒主体の学びの方法は、文部科学省も目標に掲げ、「主体的・探求的で深い学び(アクティブラーニング)」として広がりつつあるが、山本教諭はこの先駆者でもある。
きっかけになったのは、2011年の東日本大震災だった。
当時、山本教諭は東京都の公立の進学校で、すべて英語で授業を進める「オールイングリッシュ」の授業をしていた。授業は活気があったが、生徒に「何のために英語を勉強するのか」と聞くと、大半が「大学受験があるから」が答えたことが気になった。
そんななか、被災地の福島を訪ね、復興支援のNPOで一人の少女に出会った。その少女は「学校の成績は悪い」と言いながらも、「地元の特産品を作りたい」と希望を語った。
自分の生徒たちも、ゼロから立ち上がる力強さを身に付け、社会の未来を考える大切さを知って欲しいと考えたのが、「教えない授業」につながる。
その後、夏休みに短期留学したケンブリッジ大学で自分の授業を披露したら、「教えすぎたら生徒は失敗を恐れるようになる」と指摘されたことも背中を押された。「どう子供を自立させるか」「教師のルールをいかに外すか」を主眼に、新しい授業の形態を模索するようになった。
試験目的の詰め込み型ではなく、教科書の内容を絵にして英語で説明し、自分なりに問いを立てて答える手法や、英語の学び方や表現方法を生徒の協働学習を通じて体感できるようにした。
大学の入試対策ですら、一方的に教えるのではなく、生徒に学びたい題材を持参させ、お互いに説明し合うようにした。そうすると、生徒たちは、より「当事者」感を持つようになり、大学入試を突破する力もつけやすいこともわかった。
■「多様性」を大切に
日本の画一的な教育に対しては、自らも苦い経験がある。
小学校2年の時、病気で2カ月間入院して、学校を休んだことがあった。その間、算数の「九九」で遅れをとった。九九を覚えたら、先生が、生徒の名前の一覧表にステッカーを貼っていくのだが、何も貼られていない自分に嫌気がさした。先生は好意で放課後に時間外で教えてくれたが、なかなか覚えられず、それ以来、すっかり算数嫌いになってしまったという。
他人と比べられてコンプレックスを持つような子供に育てるのではなく、子供の多様性を大切に、それぞれのペースに合った形で授業を進めればよいと、山本教諭は考える。
苦手な科目を克服することに時間を使うのではなく、得意な科目を伸ばすことに重点を置く。得意科目を伸ばせば、ほかにも良い影響がある。風呂敷の真ん中をもって上に上げると、風呂敷全体も上がってくることに例えて、「風呂敷理論」と呼んでいる。
「大切なのは、生徒が自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、ということを自分自身で発見することなんです」。山本教諭はこう述べたうえで、教師の役割は子供に学びの目的を発見させ、「学び方」を教えることだ、と話す。不確実な時代だからこそ、自分で考え、自分で判断し、自分で行動できる人を育てる重要性が増している。教師が果たす役割も変わっており、生徒同士の議論や学びをサポートする「ファシリテーター」になるべきだ、と考えている。
「ハピネスブリッジ」は、もし生徒に不評だったら1回だけで終わらせることも考えていた、と山本教諭は打ち明ける。だが、生徒からは予想以上に「楽しい」という声が寄せられ、回を重ねている。「大人たちが真剣に聞いてくれる」「ディスカッションができる」と自信にもつながっているという。
日本の若い世代は、海外の学生と比べると、自己肯定感が低かったり、社会への関心が薄いのが特徴だといわれる。日本財団が18歳を対象にした調査では、「自分で国や社会を変えられる」と思っている人は全体の2割弱しかおらず、「自分の国に解決したい社会課題がある」と答えた人も半分に満たない。
山本教諭は、学校教育の場で、こうした意識を変えていきたいと考えている。「ハピネスブリッジ」の授業に参加した生徒たちを対象に、今年5月、日本財団と同じ質問をしたところ、生徒の34%が「自分で国や社会を変えられる」、60%が「解決したい社会課題がある」と答えた。山本教授は、特別授業が、自己肯定感を高める効果があったのではないか、と見ている。
山本教諭の授業法や根底は、米国の教育哲学者ジョン・デューイが唱えた発想にも通じるようにみえる。
デューイは著書『学校と社会』で、①学校が暗記と試験による受動的な学習ではなく、子供たちが興味にあふれて社会生活を営む小社会にならなければならない②その小社会は子供たちの自発的な活動が行われるだけでなく、社会生活の歴史的進歩を代表する小社会でなければならず、そのために学校と社会とのあいだに活発な相互作用が行われなければならない(同書の巻末解説より要約)と主張した。
課題解決型学習(PBL)を導入し、生徒同士でも話し合いをさせながら、自分の力で成長していける子供を後押しするという山本教諭の手法は、文部科学省が主導する「主体的・探求的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」とも方向性は同じだ。
ただ、現場の教師や教育関係者に取材をすると、子供たちを単にグループで話し合いをさせるだけのようなアクティブラーニングになってしまうと、効果が薄いという声を良く聞く。
山本教諭は昨年1月、PBLの手法を使って成果をあげ、世界中から見学者が訪れる米カリフォルニア州の学校「ハイテク・ハイ」の教師が日本にやってきてメソッドを伝えた研修会にも参加していた。
7月末に、新渡戸文化学園を訪ねたときには、レゴのブロックを使って「なりたい自分を表現する」という授業を中学生を対象に行っていた。これも3日間にわたって、LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドの研修を受け、認定ファシリテーターの資格を取った。
教師が、優れたファシリテーターになるには、さまざまなメソッドを学び、試行錯誤を繰り返して、自らの中で体系化していくことも必要なのだろう。
教師が教壇から一方的に教える授業は、教師の力量の違いによって、生徒の理解度の差が生まれるものの、授業が破綻していないように見せることはできる。
他方、生徒が、自分のペースで学びを進めていくことを見守り、伴走していく「ファシリテーター」は、一方的な授業よりも、むしろ難易度は高い。
その際、技術的なこと以前に、「根本的に大切にすべきことは、できないことに目を向けるより、1ミリでも成長することを見逃さないことだ」と山本教諭と話す。そのことによって「誰も取り残さない授業」に発展できるという。
教師や親が、「子供ができないこと」に寛容になり、「できないことは、今後できるようになるという可能性だよ」と子どもたちに伝えることで、子どもたちは学びを面白いものとして捉えられるようになる。山本教諭は、自らの経験からそう確信している。
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August 15, 2020 at 06:11AM
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