【筆者:大友康裕・東京医科歯科大学医学部附属病院救命救急センター長(略歴は文末に)】 安倍晋三総理による3月2日からの全国の小中高臨時休校要請、4月7日に発せられた緊急事態宣言はようやく解除された。2か月以上にわたった国民の自粛は、しかし未だに実質続いている。 現在、国民は、あいまいな根拠のもとで恐怖・安心に惑わされている。感染者の隣に座っただけで新型コロナウイルスはうつるのか? マスクを付け咳やくしゃみをしていない人から2mの距離を空けなければならないのか? ならば緊急事態宣言前の満員電車では大量のクラスターが発生したはずだ。本当に駅前にいる人の数を80%減らさなければならないのか? 70%減とそんなに大幅に感染者発生数が違うのか? 多くの地域で緊急事態宣言が解除され、ホッとしている方も多いと思うが、第2波によって新規感染者が急増すれば再宣言となる。営業を再開するにしても、恐る恐る始めなければならない。現在、完全閉鎖状態から、多少でも店を再開したいとの気持ちから、大幅な客席数減で開始するが、これで長続きするはずがない。以前の半分以下の客数で経営は維持できない。長期間の赤字垂れ流しとなるであろう。全国の知事は、「自粛解除後の緩みが怖い」と一様に口を揃える。結局、自粛解除しても、元に戻るわけではなく、相変わらず実質自粛を継続することになるということである。 外出自粛やSocial distancingは、誰が感染しているかわからないからやらざるを得ない。ウイルスは目に見えない。見えないから怖い。怖いから過剰な対応に走る。感染症対策は、「自然科学が重要」という。しかし残念ながら、これほど医学が進歩したにもかかわらず、最も原始的な対応手段しか提示出来ていない。 ■無症状で感染性のある市民を「見える化」 私が考える解決策は「見える化」である。「無症状で感染性を保持した市民を見える化する」ことである。 過去の感染歴を調べる「抗体検査」では、神戸市立医療センター中央市民病院の外来患者の3.3%が陽性であり、東京都の陽性率は500検体で0.6%、東北6県は500検体で0.4%だったとの発表があった。東京都ではこれまで約8万3880人が感染していた計算になる。検査時に東京都が公表していた感染者数の約18倍にあたる。 抗体検査陽性者数は、過去のいずれかの時に感染した累積患者数であるので、あるタイミングで感染中の患者数は、東京都が毎日発表する新規患者数の18倍とすると、4月10日には都内に3600人(200×18)の新規感染者がいたと推測される。他人に感染させる程のウイルスを排出する人は、北海道のクラスターの研究結果から、感染者5人に1人であること、およびこのウイルス排出は発症前後8日間であることから、他人に感染させる人(危ない感染者)は4月10日には5760人いたということになる。 このうち症状のある200人は捕捉された。残りの5500人の「無症状(見えない)感染者」が社会生活の中で感染を拡げていることになる。少数(人口1万人あたり約4.23人)の「見えない感染者」の存在におびえて、残りの1300万人の都民が、過酷な自粛生活を2カ月間も強いられていたのである。ものすごく非効率である。 自粛解除となっても、マスク装着が義務づけられ、人が集まる営業は客の制限を求められる。この生活制限は、年余にわたる可能性がある。具体的には、ワクチンによる免疫を含め、国民の7割が免疫を持つまでとなる。 この早期解決策が、全国民に検査を実施して無症状で感染性を保持した見えない感染者を「見える化」することである。PCRは検査件数が限られており、国民全員に実施することは不可能である。 一方、「抗原検査」は実施が簡便であり、検査キットを量産することができると思われるので、実施可能性がある。 ただし、抗原検査の問題は、感度が低いことである。感染していても陽性とならない場合があるという欠点である。 しかし、検体中のウイルス量が一定量(400コピー)以上ある場合、PCR検査と同等の正確性があるとのことである。すなわち、他人に感染を拡げる、ウイルス排出量の多い人を、おそらく正しく陽性と判定できるということである(この点については、追加の科学的検証が必要である)。PCR検査は「感染しているか否か」を判定し、抗原検査は、他人に感染させるリスクの高い「危ない感染者」を検出する検査と言える(図1)。 ■自由に行動できる市民をいかに早く増やすか この抗原検査を、全国民に実施することを提案する。 抗原検査陰性の人を行動制限解除とすることにより、99%以上の国民の自粛を完全に解除できる。同じ目的で、抗体検査で「抗体を持っている人」を行動制限解除するという動きが欧州や米国で見られるが、一定比率(70%以上)の人の行動制限解除となるためには、年単位の時間が必要であろう。 要は「自由に行動できる市民を、いかに早く増やすか」である。 現在行われている、3密禁止をはじめとしたあらゆる対策を、一気に不要とすることができる。逆に、これをやらなければ、いつまでたっても、つらい自粛の努力を続けなければならない。 抗原検査で陽性となった無症状でウイルス排出量の多い感染者は、現在のPCR陽性者に対するスキームと同様に、自宅またはホテルなどで隔離・経過観察および濃厚接触者の特定を行う。 実施の方法は、具体化するためには十分な検討が必要であるが、ある特定の期間(1週間以内)に、たとえば選挙の投票所となる施設に保健所が検査設備を設置し、投票のような流れで検査を実施する。結果は20分程度で出るので、陰性者に「検査実施証明書」を発行する。 新規感染者が減少している東京都を例にとると、都内新規感染者数10人の場合、前述と同じ計算方法で、約280人(人口1万人あたり多くて0.22人)が抗原検査陽性(「危ない感染者」)となる。 重要なのは、全国民ほぼ同時に実施することである。せっかくある地域内の「他人に感染させるリスクの高い感染者」を隔離することが出来ても、他の地域から流れ込んできてしまうと、地域住民の安全が確保できなくなるからである。ただし、それでも「潜伏期間(1~14日、多くは5~6日)中で、これから感染性を有する人」がすり抜けてしまうので、できれば2週間後に再度一斉検査を実施することが望ましい。 費用面を見ていこう。 雇用調整助成金や休業補償、国民への一律給付金など、国民の生活を支えるために50兆円を超える財政支出が行われる見込みだ。これらは今後も続ける必要があるため、総額いくらになるのか分からない。すべての国民に自粛を要請しているため、その補償・支援の個別の金額は十分でないにもかかわらず、総額は膨大となっている。 自粛をお願いする対象を、抗原検査陽性者に限ることができれば、1人ひとりに手厚い補償を行ったとしても、その総額は極めて限定的である。 抗原検査は1検査あたり6000円とのことだが、検査実施のための諸経費を上乗せして1検査1万円としても、1億人に実施して1兆円である。国民全体への補償・支援を大幅に削減でき、経済活動の早期再開によって税収減が大きく抑制されることを考えると、全国民への抗原検査実施費用は容易に捻出できるだろう。 来日外国人すべてにも抗原検査を義務づける必要がある。陰性者には自由な行動が許可されるのであれば、喜んで検査を受けるであろう。わが国の経済復活に欠かせないインバウンドの年余にわたる低迷も回避できる。 IOC(国際オリンピック委員会)の発表では、10月までの封じ込めが東京オリンピック・パラリンピック大会開催の条件となった。しかし、このままでは封じ込めは出来ないであろう。 ごく少数の「見えない感染者」が社会生活を送っている状況下(コロナとの共存)で、自粛緩和を恐る恐るするのか、「見えない感染者」を「見える化」し、把握・隔離することで、広く大多数の国民の行動制限を緩和する方が良いのか、どちらが良いか? ということだ。 この一斉抗原検査は、できれば国を挙げて、無理ならば人の移動が少ないこの時期に都道府県単位で、または感染第2波の初期段階が危惧される地域限定で実施することも有効であると考える。 多くの血のにじむような努力を行っても、根本的解決にならない。いつまでたっても国民の生活の困窮が続く現状を考えると、迅速に一斉抗原検査を実施すべきだと、ここ3カ月間、新型コロナウイルス感染症対策に全力を尽くしてきた一救命救急医から提言したい(本稿で提示した患者数の推測値などについては、十分な情報を持っている政府専門家会議からの開示を期待する)。 【筆者略歴】 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急医学領域長 救急災害医学分野教授 東京医科歯科大学医学部附属病院 救命救急センター長 1984年 日本医科大学医学部卒業。同大学救急医学教室入局 1994年 日本医科大学付属千葉北総病院 救命救急部医局長 1995年 国立病院東京災害医療センター 第2外科医長 2002年 同 救命救急センター長 2006年 東京医科歯科大学大学院 救急災害医学分野教授 2007年 東京医科歯科大学医学部附属病院 救命救急センター長 日本災害医学会 代表理事、日本Acute Care Surgery学会理事長、日本救急医学会理事、日本外傷学会理事、厚生労働省日本DMAT検討委員会委員長、東京都災害医療コーディネーター、国際協力機構 国際緊急援助隊医療チーム 支援委員会委員長 (本記事は「MRIC」メールマガジン2020年6月18日配信Vol.128よりの転載です)
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