「左と右、確認した?」
最近、7歳の息子とサイクリングに出かけたとき、息子がいきなり道路を横断しようとした。息子の自転車のハンドルをつかんで、私は叫んだ。「左と右、確認した?」。息子は「あ、忘れた」と答えた。幸いなことに、車は走っていなかったが、私は左右確認は決して忘れてはいけないと息子に説明した。
ジェフ・ドーマン(Jeff Dorman)氏はアルカ(Arca)の最高投資責任者。投資委員会を指揮し、ポートフォリオの規模の決定とリスクマネジメントを担当している。メリル・リンチやシタデル・セキュリティーズ(Citadel Securities)などに約20年勤務し、取引と資産管理のキャリアを築いてきた。
思い返すと、私は出かける前に、息子に安全確認について念押しすることを忘れていた。愚かにも最高の天気のもと、息子とサイクリングに出かける楽しさで頭がいっぱいになり、ダウンサイドリスク(損失を受ける可能性)を忘れていた。
顧客の資金を管理しているとき、ダウンサイドリスクは最優先に認識しておかなければならない。きわめて大きなプラスのポテンシャルを持つ暗号資産(仮想通貨)でも、投資の際の考え方は「どこまで価格が上がるか?」ではなく、「どこまで下がる可能性があるか?」でなければならない。息子との会話と同様、リスクマネジメントは決して忘れてはならない。
メリル・リンチの債券トレーダー
私は2008年の金融危機の前、メリルリンチで債券トレーダーとして働いていた。金融危機前のウォール街は好調だった。利益を上げている限り、取引金額に制限はなかった。そしてリスクレポートに危険信号を示すようなものは見あたらなかった。
プラス面は巨額のボーナス、マイナス面は単に職を失うことだった。ウォール街でのトレーディングは、コールオプションのようなものだった──既知のマイナス面と無限のプラス面。
私は投資していた企業の財務状況を理解するために努力し、社債分野で一定の評判を得た。投資キャリアにおいて良い成績を残した。
残念ながら、甘い管理システムのもとで働く27歳の人間として、私はリスクマネジメントがまったくできていなかった。
初めて100万ドルを稼いだ週
私はニュージャージー州アトランティック・シティにある、ドナルド・トランプ氏が所有する有名なカジノチェーン、トランプ・エンターテイメント(Trump Entertainment)の債券をロング(買い持ち)していた。
トランプ氏は所有する3つのカジノのうちの1つを売却しようとしており、大きな関心が寄せられていると噂になっていた。売却は、債券所有者にとってプラスになるはずだった。
しかし、アトランティック・シティ、特にトランプ氏の所有する物件は急速に収益が減少していた。債券の格付けは「CCC」で、トランプ氏の信用状況、将来の収益、キャッシュフローを個別に分析すれば、ほとんどの人は債券をロングするのではなく、ショート(空売り)することを選ぶはずだった。
ある朝、トランプ・マリナ・ホテル&カジノは売却予定というウォール・ストリート・ジャーナルのニュースで目を覚ました。記事は私のロングの正しさを十分に証明してくれるほど高い価格を支払う買い手がいると伝えていた。
私が所有していた債券はその日、額面の104%まで5ポイント値上がりした。私は3200万ドルの債券をロングしており、140万ドル以上の含み益をあげた。
同じ週に初めて100万ドルを失う
私が大きな利益を上げたために、突然まわりの人たちは私の投資に興味を持った。だが、数回のハイファイブ(ハイタッチ)のほかに、私がその日のことで最もよく覚えているのは、20年以上の経験を持つ、とても頭の良いシニアトレーダーが私の方に身を乗り出して、こう言ったことだ。
「問題は『君が正しかったか、間違っていたか?』ではない。問題は『初めて投資する案件に、あれほど多くの債券を所有するべきだったか?』だ」
その時は140万ドルの利益を上げたばかりで、その言葉についてあまり深く考えなかった。だがその日以来、私は毎日考えるようになった。
その日、所有していた債券の一部を確かに売却したが、十分ではなかった。案の定、その週の後半にトランプ・カジノの売却は失敗に終わり、私が所有する債券は10ポイント下落。私は約200万ドルを失った。
私は初めて100万ドル以上の利益を上げたその週に、初めて100万ドル以上の損失を出した。
その週、トータルではわずかなお金を失っただけだった。だが、眠れなくなった。
デジタル資産におけるリスクマネジメント
2017年に初めてデジタル資産業界に足を踏み入れたとき、私は自らの投資について声高に自慢する多くの知性的に見える人々と出会った。
ブロックチェーン業界の多くの人たちは売買方法は理解しているようだったが、リスクマネジメントの方法を理解しているとは思えなかった。
1つか2つのデジタル資産に大きく投資し、あとは座って値上がりするのを見守るのが普通だった。こういった人たちの多くは、実体のない「業績」をもとにファンドを立ち上げさえした。
2020年3月、多くの若い暗号資産投資家は、リスクマネジメントについて厳しい教訓を学び、リスクマネジメントとは、ただ価格の下落に対して防御するだけではなく、顧客の資金を管理することは、利益を生み出すだけではないことに気づいた。
リスクマネジメントは、取引するプラットフォームについての運用上のデューデリジェンス、誰が取引できるかについての規律、取引規模に異議を申し立てるリスク委員会を通じた独立した監視などを含んでいる。
シニアトレーダーのアドバイス
正しいトレーニングを受けておらず、経験を積んでいない人たちは、トレーニングを受け、経験を持つ人たちから学んだ方が良いだろう。他人のお金を管理することに関して言えば、トレーニングは恥ずべきことではない。
幸運にも、私は10年以上前に痛い目にあって教訓を学んだ。現在の暗号資産の環境において助けになるような教訓だ。
2008年にシニアトレーダーがくれたアドバイスを毎日思い返し、リスクマネジメントにおけるすべての判断に当てはめている。
2008年のあの日以来、私は独自のリスクマネジメントシステムを構築し、その後、私が働いた3つのヘッジファンドでも使われ、我々は今もアルカで使っている。このシステムの目的は利益を上げることではなく、大規模で不必要な損失を回避することにある。
振り返ると、世界には非常に賢く、やる気と才能あるトレーダーや投資家がたくさん存在することは明らかだ。暗号資産の分野でも同じだろう。しかし、才能あるリスクマネージャーはあまり多くない。
取引方法を学ぶのに20日、投資の分析方法を学ぶには20カ月程度の時間があれば十分だろう。しかし、リスクマネジメントを学ぶのには20年以上かかる。
暗号資産は破壊が好きだが、経験を破壊することはできない。近道はない。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:Maxwell Ridgeway on Unsplash
原文:What I Learned the First Time I Lost a Million Dollars
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May 31, 2020 at 12:13PM
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元メリルの債券トレーダーが初めて100万ドルをロスした時に学んだこと - コインデスク・ジャパン
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