国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計量標準総合センター 物質計測標準研究部門【研究部門長 高津 章子】有機基準物質研究グループ 山﨑 太一 主任研究員、黒江 美穂 研究員、清水 由隆 主任研究員、斎藤 直樹 研究員、同研究部門 沼田 雅彦 総括研究主幹は、計量標準総合センター ドーピング検査標準研究ラボ 井原 俊英 研究ラボ長と共同で、ドーピング検査の対象物質である4-ヒドロキシクロミフェンと3β,4α-ジヒドロキシ-5α-アンドロスタン-17-オンについて定量の基準となる標準液を認証標準物質として開発しました。
国際競技大会などで信頼性の高いドーピング検査を行うには、高度な分析機器に加えて、目的成分について正しい濃度が保証されている標準物質が不可欠であることから、世界ドーピング防止機構(以下「WADA」という)からオリンピック・パラリンピックでの検査基盤強化の一環として産総研に支援の要請がありました。そこで産総研は、定量核磁気共鳴分光法(qNMR)などの測定技術を用いて、禁止物質の代謝物を成分とする認証標準物質(標準液)2種類を開発しました。これらの認証標準物質は2020年3月24日から委託事業者を通して検査分析機関などへの頒布を開始する予定であり、オリンピックやパラリンピックをはじめとする国際競技大会などでのドーピング検査の信頼性向上に貢献します。
ドーピング検査における認証標準物質の役割
国際競技大会などでのドーピング検査は、WADAが公示するドーピング禁止物質のリスト(世界アンチ・ドーピング規程禁止表国際基準)に基づいて行われており、ドーピングの多様化によって禁止物質は増え続け、現在300種類以上にも及んでいます。現在、ドーピング禁止物質など微量生理活性物質の分析には主に液体クロマトグラフ-質量分析計(LC-MS)が用いられていますが、目的成分の定量にはその成分の標準物質で分析機器に対して濃度の目盛付け(校正)をする必要があり、信頼性の高いドーピング検査を実現するには「正しい」値の付けられた(計量トレーサビリティの確保された)標準物質が不可欠です。特に近年は、検体である尿や血清中の禁止物質だけではなく、より遠い過去に行われたドーピングの有無を明らかにできるそれらの代謝物を分析する必要性が増しています。
4-ヒドロキシクロミフェンと3β,4α-ジヒドロキシ-5α-アンドロスタン-17-オンは、どちらも禁止物質の代謝物であり検査が必要とされていましたが、これまで認証標準物質が供給されていませんでした。ドーピング検査の信頼性確保のためWADAが認定する検査機関には分析結果の計量トレーサビリティが求められており、これまでさまざまな標準物質を供給してきた産総研はWADAからの要請を受けて、上記2物質について計量トレーサビリティ確保に必要な認証標準物質(標準液)の開発を開始しました。
標準液は原料物質を溶媒で溶解して調製しますが、目的成分の濃度は一般に原料物質の純度と溶媒による希釈率から求めてきました。しかし、これまでの有機化合物の純度決定方法は時間と手間のかかるもので、例えば「差数法」という手法ではさまざまな分析装置を駆使して、数か月程度の時間を要していました。そこで産総研は有機化合物の濃度や純度を正しく決定するための方法の開発に取り組んできましたが、その中でも特にqNMRは信頼性と簡便さを兼ね備えた手法です。今回開発した認証標準物質については開発期間や原料物質の量に限りがあったため、qNMRやqNMRと液体クロマトグラフィーを組み合わせた手法(qNMR/LC)を用いて溶液中の目的成分濃度を直接決定することなどにより開発を効率化し、さらに不純物の影響などをできる限り排除して計量トレーサビリティの確保された認証値(標準液の濃度)を決定しました。
今回供給を開始するものは「4-ヒドロキシクロミフェン標準液」と「3β,4α-ジヒドロキシ-5α-アンドロスタン-17-オン標準液」で、LC-MSの校正に適した以下のような認証標準物質になります。
標準物質名 | 4-ヒドロキシクロミフェン標準液 | 3β,4α-ジヒドロキシ-5α- アンドロスタン-17-オン標準液 |
---|---|---|
標準物質番号 | NMIJ CRM 6211-a | NMIJ CRM 6212-a |
決定された濃度 | 201.1 µg/mL ± 7.7 µg/mL (E体:Z体=約7:3) |
107.0 µg/mL ± 7.5 µg/mL |
溶媒 | メタノール | |
容量 | 1 mL | |
容器 | 褐色ガラスアンプル |
これらの認証標準物質は、標準物質についての品質保証手順を規定する国際的な規格であるISO 17034などと、生産工程を規定する国際的なガイドであるISO Guide 35に基づいて作製しました。なお、4-ヒドロキシクロミフェンはシス体とトランス体(E体・Z体)の異性体の混合物であるため、両者の総量と異性体ごとの認証値を付与しました。
ドーピング検査を担う検体分析機関は、この認証標準物質を希釈して分析装置の校正を行うことで検体中の対象成分の正確な定量分析が行えます。
図1 頒布が開始されるドーピング検査用認証標準物質
4-ヒドロキシクロミフェン標準液(左)と3β,4α-ジヒドロキシ-5α-アンドロスタン-17-オン標準液(右)
今回開発した認証標準物質は、NMIJ CRM 6211-a 4-ヒドロキシクロミフェン標準液と、NMIJ CRM 6212-a 3β,4α-ジヒドロキシ-5α-アンドロスタン-17-オン標準液として2020年3月24日から委託事業者を通して頒布を開始します。
また、今回値付けに用いたqNMRやqNMR/LCなどの手法を適用することで、関連する認証標準物質の開発や標準物質の値付けに関する校正サービスなどの効率化、例えば多成分混合標準液の一斉定量などを実現していく予定です。
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March 23, 2020 at 02:03PM
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産総研:ドーピング検査用の認証標準物質を供給開始 - 産業技術総合研究所
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